歯科で行うボトックス注射

ボトックスの豆知識

ボトックス(ボツリヌス製剤)は、ボツリヌス菌が作り出すA型ボツリヌストキシンという毒素を有効成分とした薬で、少量を筋肉に注射することにより筋肉を弛緩させたり、筋肉の痙攣を抑えることができます。そのため脳卒中の後遺症による痙縮や顔面、眼瞼の痙攣の治療に以前から使用されてきました。ボツリヌス製剤は、ボツリヌス菌が作り出す天然のタンパク質を医療用に精製したもので、注射した局所のみに作用する安全な薬です。ボツリヌス菌そのものではないのでボツリヌス菌に感染する心配はありません。予防接種も同じですね。

ボツリヌストキシンが筋肉を弛緩させることから、これを局所に注射すると、顔の表情筋の過緊張によりできたシワを改善することができます。そのため、美容クリニックでは「切らない整形」「プチ整形」として大流行しています。

 眉間のシワに行うボトックス注射は2009年に保険外治療としてではありますが、厚生労働省の認可を受けました。現在では前述の脳卒中の後遺症による手足の痙縮や片側顔面痙攣、眼瞼痙攣、ワキガの治療などをはじめ、様々な症状に対して保険適用になっています。ボトックスの有効性や安全性について厚生労働省も認めていると言って良いでしょう。

歯科医院では、咬筋や側頭筋といった咀嚼筋の力が強過ぎることにより様々な悪影響が生じている場合や、笑ったときに歯茎が見え過ぎるガミースマイル、その他梅干しアゴなどにボツリヌス注射を行うことができます。これらはすべて歯科治療の一環として行うもので、美容目的で行うことはできません。


ボトックス注射とボツリヌス注射

 現在日本国内で厚生労働省の認可を得ているボツリヌス製剤は、米国アラガン社の「ボトック
スビスタ」
とグラクソスミスクライン社の「ボトックス注用」の二つです。「ボトックス注用」
はアラガン社から製造販売承認を得て製造されているもので、事実上「ボトックスビスタ」と同
じものです。




 ボツリヌス製剤を最初に認可を得て製造販売したのは米国アラガン社ですが、現在では多くのボツリヌス製剤が販売されており、そのほぼすべてが韓国で作られています。ボトックスは商標登録された製品名ですので、ボトックス注射といえば米国アラガン社の「ボトックスビスタ」またはグラクソスミスクライン社の「ボトックス注用」を使った注射のことをさし、それ以外のボツリヌス製剤を注射するときは「ボトックス注射」ということはできません。「ボツリヌス注射」と言います。

 先発品のボトックスはその他のボツリヌス製剤と比較してとても高価です。先発品の方が安心感があるという方もおられるかも知れませんが、非常に高価なため治療費がかなり高額になってしまいます。ボトックス注射(ボツリヌス注射)は数ヶ月から半年程度効果が持続しますが、その後はゆっくりと効果がなくなります。効果を維持するためには繰り返し注射する必要がありますので、治療費はとても大切な問題になってきます。

 当院では韓国 デウン製薬の「ナボタ」という製品を使用しています。「ナボタ」は数ある韓国製ボツリヌストキシン製剤の中で唯一、韓国MFDS(旧KFDA)の認可だけでなく、世界で最も厳しいとされる米国FDAの認可を取得しています。それまでは、米国FDAの認可を取得しているのはアラガン社の「ボトックスビスタ」のみでしたが、「ナボタ」は今回、米国FDAから優れた品質と安全性のお墨付きを得た世界で2番目のボツリヌストキシン製剤となりました。

 当院では個別に厚生労働省に届け出て、歯科治療での使用確認と、輸入許可を得て使用しています。

ナボタ

歯科医院で行うボツリヌス注射

 美容目的のボツリヌス注射は歯科医院ではできませんが、歯科治療の一環として行うボツリヌス注射は歯科医院で受けることができます。ここからは、当院で行なっているボツリヌス注射についてご説明いたします。

(1)噛みしめ、歯ぎしり、食いしばり、顎関節症

 顎や顔が痛い、スムーズに口が開けにくい、開口時に音がする等の症状が生じる顎関節症は、様々な原因が重なり合ってそれらがその人の持つ耐久性を越えたときに発症する多因子性疾患とされていますが、中でも物を噛むときに使う咀嚼筋が過度に緊張して生じる噛みしめ、歯ぎしり、食いしばりはとても重要な因子と言われています。

 下の図では全ての寄与因子が同じ大きさに描かれていますが、、実際にはそれぞれの寄与因子ごとに大きさは異なります。噛みしめ、歯ぎしり、食いしばりは、特に大きい寄与因子であるので、ここが改善されなければ他の因子が改善されても顎関節症を治すことは容易ではないのです。


 本来、歯と歯の間には安静空隙という2mm程度の隙間があり、歯と歯が接触しているのは咀嚼の時だけで、1日の合計は20分程度が正常な状態です。咀嚼時以外の時に持続的に歯が接触している状態をTCH(歯牙接触癖)(Tooth Contcting Habit)といいます。TCHは歯と歯が触れている程度の弱い力でも、筋肉の緊張や疲労が生じ、この状態が持続すると咬筋という咀嚼筋が常に筋トレをしている状態になり、肥大してきます。これは咬筋肥大という状態で、肥大した咬筋は無意識に収縮し、歯ぎしり、噛みしめ、食いしばりが起こります。そして、歯ぎしり、噛みしめ、食いしばりによって、咬筋がさらに肥大するという負のスパイラルに陥ることになります。

 このような状態になると、顎関節症になって顎の関節や筋肉に痛みが生じたり、筋の緊張(コリ)により関節の可動域が減少して口が開けにくくなったりします。

 また、咬筋肥大になると噛む力が強過ぎるので、「歯の根が折れる」、「歯にヒビが入る」、「作った歯がすぐに壊れる、何度くっつけてもすぐに外れる」、「歯がすり減る、沈む」、「多数の歯がしみる」、「何度調整しても入れ歯が痛い」等の歯の症状のほか、頭痛、肩こり、めまい、耳鳴り、痺れ、他にも様々な症状の原因になります。
 このような場合、マッサージや開口訓練、自己暗示療法などを行うとともに、とりあえずマウスピースを入れることが一般的です。マウスピースは正しく作れば顎関節症の症状を改善したり、歯を磨耗や破折から守ることはできますが、噛む力を弱くすることはできません。
現在のところ肥大した咬筋の咬む力を弱くする治療法は私の知る限り、ボツリヌス注射が唯一の方法です。咬筋にボツリヌス注射を行うと咬筋が萎縮し、噛む力が弱くなるため、咬筋肥大の負のスパイラルを断ち切ることができます。注射後数日から1週間かけて少しずつ効いてきて10日目くらいでピークに達します。その後、数ヶ月から半年間効果が持続します。


 咬筋ボツリヌス注射は美容クリニックで行われている「エラボトックス」と同じものですが、歯科医院で行う場合は美容目的ではありませんので、エラの改善を目的とするボツリヌス注射は行っておりません。

(2)ガミースマイル

 笑った時に歯茎が見え過ぎる状態をガミースマイルといいます。ガミースマイルの弊害は見た目の問題だけではありません。口が閉じにくいので口呼吸になりやすく、そのため口の中が乾燥しやすくなります。唾液には自然に口の中を洗い流してきれいにする自浄作用や、バイキンと戦う抗菌作用がありますが、口の中が乾燥すると唾液の働きが悪くなるので、虫歯や歯周病、口臭の原因にもなります。

 ガミースマイルと言っても原因は様々です。(1)歯が短い場合、(2)上顎骨が成長し過ぎて歯の位置が下にある場合、(3)上唇が上がり過ぎる場合等があり、それぞれ治療法が違います。この中で上唇の動きが大き過ぎて上唇が上がり過ぎる場合がボツリヌス注射の適応症になります。



 上唇挙筋上唇鼻翼挙筋という上唇を上に挙げる筋肉にボツリヌス注射をすると、数日から1週間で効果が表れてガミースマイルが改善します。効果は数ヶ月から半年くらい持続しますが、徐々に効果がなくなってきます。効果を維持するためには継続的な再注射が必要になります。間隔は人によって異なりますが、効果がなくなってきたかなと感じた時が再注射の時期になります。

(3)梅干しアゴ

 口を閉じた時に顎の先に梅干しのようなシワができる状態を梅干しアゴ梅干しジワといいます。歯並びが悪い場合、特に出っ歯の場合にできやすいと言われています。このような場合、唇が閉じにくいので閉じようとすると上下の唇に力が入ってしまいます。そのとき、顎の先にあるオトガイ筋という筋肉が収縮し、梅干しのようなシワができるのです。逆に梅干しアゴを作る癖があると、唇に常に必要以上の力がかかるので、それが原因で歯並びが悪くなることがあります。また、梅干しアゴは顎関節症の原因(一因子)にもなります。


 歯並びが原因の梅干しジワは、矯正治療によって自然に治ることが多いですが、矯正治療だけでは治らないときは、オトガイ筋にボツリヌス注射をすることによって治すことができます。

 また歯並びとは関係なく、単にオトガイ筋に力を入れるクセによって梅干しジワができることもあります。こういったクセは口で言うのは簡単ですが、ご本人の努力だけではなかなかやめられるものではありません。このような場合、オトガイ筋にボツリヌス注射をすることによって簡単に改善することができます。

 効果は数日から1週間くらいで現れ、数ヶ月から半年程度持続します。効果を維持するためには繰り返し注射することが必要です。

副作用・合併症

 ボツリヌス注射は安全性の高い注射ですが、次のような副作用や合併症が起こることがあります。

アレルギー反応・不自然な表情、左右非対称・噛む力の低下(これは咬筋ボツリヌス注射の目的でもありますが、過度に低下した場合は副作用となります)・皮膚のたるみ・頭痛・注射部位の内出血、痛み(通常数日で治ります)

ボツリヌス注射の危険性について

 ほとんどのボツリヌストキシン製剤には、ヒトに由来する血清アルブミンやウシ、ブタ、ヒツジなどの動物由来成分が含まれています。その製造工程では、加熱処理や十分な検査がされていますので、肝炎やエイズなどの感染症にかかることはありません。しかし、現在の医療ではまだわかっていない疾患やクロツフェルト・ヤコブ病(CJD)の感染の危険性はごくごく稀ですがあることをご理解していただかなければなりません。

 ボツリヌストキシン治療は、1977年に米国で初めて斜視の患者さんに使用されて以来、緊張した筋肉を和らげる治療として普及し、美容領域においてもFDA(アメリカ食品医薬品局)の承認を受け、年間約200万件以上使用されておりますが、感染の報告は皆無です。WHOも「血液製剤によってCJDが伝播される可能性については証明されていないし、疑いのある報告もない」と報告しています。

 米国FDAの承認を受けているとは言え、国内未承認薬の使用になりますので、以上の点をご理解いただいた上で同意書にご署名いただいた方にのみ使用いたします。

注意事項

 以下に該当する方はこの治療を受けられませんのでご注意ください。

(1)妊娠中、授乳中、妊娠する可能性のある方

 胎児および乳児に対する安全性は確立されていないため、妊娠中、授乳中、妊娠する可能性のある方は受けることができません。
 
 妊娠する可能性のある方は、最後にこの注射をしてから2回の月経を経るまでは避妊するようにしてください。

 男性の方は最後にこの注射をしてから3ヶ月は避妊するようにしてください。

(2)以前にボツリヌス注射、ボトックス注射でアレルギーが出た方、アレルギー体質の方

(3)喘息などの慢性呼吸器疾患のある方

(4)重度の筋力低下のある方、筋肉の萎縮のある方

(5)緑内障のある方

 以下に該当する方は必ず事前に申し出てください。

(1)他の医療機関でボツリヌストキシン製剤の投与を受けている方

(2)アミノグリコシド系の抗生物質、パーキンソン病の治療薬、筋弛緩薬、精神安定剤等の投与を受けている方。これらの薬はボツリヌストキシン製剤と同時に使用すると、効果が強くあらわれることがあり、十分な観察のもとで投与を行う必要があるためです、


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